ヌーノ・別天地構想

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ブログ記事の最後に[所要時間]を書く人の気持ちがわからない

ブログ記事の最後に[所要時間18分]みたいに書いているのをよく見るんだけど、これを書いている人の気持ちがよくわからない。

 

その所要時間っていうのは、読むのにかかる時間ではなくて、おそらく書くまでにかかった所要時間ってことだよね?

 

その記事が書かれるまでにかかった所要時間って読み手にとってそんなに重要な情報じゃないような気がするんだが、どうなんでしょう。記事が書かれるのにかかった時間とか自分は全く気にならないけど。需要あるんですかね。

 

たまたま見かけた所要時間を書いてある記事は、内容がかなり面白くて、まあまあの字数(2000字くらい?)も書いていたけど、所要時間は16分くらいでその文字量と質の割にはかなり早いなと思った。

 

実際のところ、最後に所要時間を書くことによって、タイピングの上手さと文章の推敲力の高さと、思考の速さと語彙力を見せびらかしているのではと思った。どうだ、こんなに面白い記事をこんなに早く書けるんだみたいな、それは本来ブログには必要のない自己顕示欲なのでは。必要のない情報を見せつけられて、勝手にマウントを取られてこっちにはストレスになるっていう。

 

個人的な問題かもしれないけど、所要時間書かれるとちょっと鼻につくというか目につくというか。ブログ記事をどれだけ早く面白く書けるかみたいなRTAやってるなら、別に構わないんだけど。

 

ブログ記事の評価にそもそものところ、記事を書く速さなんて求められてはない。[所要時間]×[文字量]=[質]ではなくて最初から、ブログの記事には[質]とか[面白さ]とか[共感]しか求められてない。だから、僕はブログ記事に所要時間なんて決して書いたりしない。

                              [所要時間14分]